とことん極める
横浜・新山下に店舗を構え、レカロシートの販売と、ホンダ「S2000」のカスタマイズ/チューニングを専門にする「ASM YOKOHAMA(以下、ASM)」。
その立役者が、株式会社オートバックスセブンASM推進部部長の金山新一郎さんです。では、どのような経緯でASMを企画/立案し、オープンに至ったのでしょうか? 金山さんにお聞きしました。
<お話を伺った人>
金山新一郎(かなやま しんいちろう)
1995年に入社
中古カー用品事業の企画担当者だったころにS2000とレカロにも注力。大阪本社から東京本社に異動した1997年当時、「いつかこの周辺で知る人ぞ知る専門ショップをやりたい」と思っていた夢が叶い、2005年に横浜市中区新山下にASMをオープン。車好き推しスポットとして世界中からユーザーが訪れるように。
レカロの性能や品質の高さに惚れ込み、シート全般ではなく、レカロのみに特化した専門店を立ち上げたのが、金山さん。ASMのもうひとつの柱、S2000を専門に扱うことに決めた一番の理由は、やはり「好き」だからだそう。
――ASMはレカロとS2000を専門としています。「S2000の専門店」とは、どういう意味でしょうか?
金山:すべて、です。メンテナンス、カスタマイズ、チューニング、パーツの販売、競技車両の製作、中古車の販売・買取と、およそS2000に関わるすべてのサービスを提供しています。
▲オリジナルカーボンコンポジットパーツを組み込んだデモカー。ほとんどの外装パーツが用意され、いずれも購入できる
――S2000は最終モデルの販売終了から15年以上が経過しています。これからは「新車みたいにレストアしてほしい」といった相談も増えそうですね。
金山:もちろん対応いたします。どれだけ純正パーツでそろえられるかはタイミングによりますが、まずはご相談をいただければと思います。
――金山さんの手がけたS2000は筑波サーキットでの記録を持ち、S2000のプロフェッショナルにしてプロデューサーと世界的に知られています。金山さんがS2000にこだわる理由はなんでしょう?
金山:それはもう、「好きだから」の一言に尽きます。私はチューナーでも専門家でもありません、ただのS2000が好きな人です。
S2000は、高回転型NA(自然吸気)エンジンを搭載したFRオープンスポーツと言う、私の理想を体現したようなクルマで、1998年に発表されたときには、ツインリンクもでぎまでプロトタイプを見に行きました。発売開始当日には、時間を調整して見に行っていたものです。
発表後すぐに予約・購入し、待ちに待っていたS2000の納車。想像の通りに楽しいクルマで、時間さえあれば運転していました。ただ一点、シートだけは体に合わず、納車当日の自宅までの移動だけで腰が痛くなったことを覚えています。
▲試座できる体感シートを常に20脚以上も用意しているのは金山さん自身の経験から。
――金山さんが中古カー用品事業を担当していたのとS2000の購入は、どちらが先ですか?
金山:S2000の購入です。オートバックスへの入社が1995年で、S2000の購入は1999年。翌2000年に中古車カー用品事業の企画担当としてオートバックス走り屋天国セコハン市場の1号店となる藤沢橋店を立ち上げました。
当時はさまざまなS2000のパーツを在庫して、しばらくしたら自分のS2000に装着したり、ウェブサイトで情報発信をしたりして楽しんでいました。そのうちに来ているお客様が「先週ここにあった在庫がなくなっている」「店舗前に飾ってあるS2000が変わっている」と気づき始めたんです。
▲いつもデモカーを眺めながらレカロシートを利用したオフィスチェアで仕事をしているとのこと
ちなみに当時の「オートバックス走り屋天国セコハン市場」は、全国のオートバックスグループで下取した中古品と社外から買い集めた激安商品を中心に、大口径タイヤホイールからカスタムオーディオまで本気で取り組む専門店として金山さんの提案から始まったもの。
現在の店舗で使用される「ASM」の名称は、セコハン市場時代に親しい常連さん達と名付けて定着した略称(“A”UTOBACS “S”ECOND-HAND “M”ARKET)が元になっているそう。
――S2000の専門店を作るにあたって、方向性を決定づけた出来事があったら教えてください
金山:2003年に、雑誌『REV SPEED』が開催する「筑波スーパーバトル」に参加したことです。
ASM S2000として初参戦し、当時NA(自然吸気)のチューニング車両では初めての1分切り、59秒954をデビュー戦で記録して、ASMの名前が国内外に広まりました。
このイベントで得られた知名度もそうですが、タイムアタック車両製作を通じて多くのプロフェッショナルとの出会い、そこで培われた物作りに対する考え方が、ASMがS2000の専門店として確立するための基礎につながっています。
▲筑波サーキットで、NAチューニング車両の最速のS2000。エンジンは戸田レーシング製で、ドライバーは2004年から加藤寛規(かとう・ひろき)選手、2026年は木村偉織(きむら・いおり)選手が務めた
――今もタイムアタックはされているのですか?
金山:もちろんです。やはり記録は塗り替えられるもの。その都度、塗り替えに行きました(笑)。
2019年に「Attack筑波」で56秒台に入れてホルダーを奪回。今年の2月に開催された「シバタイヤ presents Attack Tsukuba 2026」では、長年にわたりASMから何脚もレカロシートを購入していただいた組田龍司様が率いるB-Max Racing Teamとタッグを組み、ほぼぶっつけ本番のタイヤでしたが、同大会S2000クラス最速の55秒842を記録できました。
2005年、「ASM YOKOHAMA」をオープン。立地は希望していた横浜。そしてレカロとS2000を専門とする、まさに理想のショップでしたが、波乱は思わぬ形で金山さんを襲います……。
――ASMは2005年にオープンを迎えます。セコハン市場藤沢橋店からの異動ということでしょうか?
金山:セコハン市場藤沢橋店は、土地契約の都合で2006年に閉店することが決まっていました。「空白期間を設けずにお客様と繋がり続けなければいけない」との使命感で2005年前半にギリギリでASMの企画が通り、責任者として店を開店するよう会社から辞令を受けます。
セコハン市場藤沢橋店でのレカロとS2000の集客状況や販売実績から、ASM YOKOHAMAが専門店を確立する筋道は見えていました。即座に準備に取りかかり、翌2005年9月にASMをオープンできました。
▲高速などからの立地から選んだASMの店舗。店頭に展示されているS2000は購入可能な中古車だそう
――滑り出しはいかがでしたか?
さまざまな自動車メディアが取り上げてくれたこともあって、全国からお客様がいらっしゃいました。私も営業や宣伝のため、日本中をS2000で回り、頑張れば頑張るほど手応えはありましたね。ASMの経営自体は順調だったのですが、2010年に私が交通事故に遭って大けがをしてしまって……。
――ええっ!? 体は大丈夫だったんですか?
金山:首の骨が折れて脳挫傷・横隔膜損傷だから、まぁまぁ重傷だったようです。私自身は大丈夫で退院直後からASMに出社していたのですが、会社からは休職を言い渡されていました。
とはいえASMはオープンから5年目を迎えて存続の正念場でしたし、当時は組織的に仕事できていなかったことが原因で私が関与しなければ進まない企画も数多くあり、長く休んではいる場合ではなかったです。「これからどう伸ばしていくか」という大事な時期でもありましたので、現場を離れているのがもどかしく、「できる範囲でもいいから関わりたい」という気持ちが強くありました。
産業医と会社に「復帰させてくれ」と何度も掛け合って、「視力が回復するまで運転しない」との条件付きで休職期間を短縮して、正式にASMに復帰できました。以前のように動けるわけではありませんでしたが、それでも現場に関われたことはすごく嬉しかったです。
▲今もS2000への愛情は変わらないが、付き合い方に変化が
――いやいや……今さらですけど、それはちょっと無理しすぎじゃないですか?
金山:一見、真面目そうだけど実は問題児なので(笑)。とはいえ、会社との約束を守るため大好きだったクルマの運転を封印し、業務復帰以降は助手席が私の定位置になります。
そこで初めて気づいたのです。「あんなに『乗り心地が良い、車内が快適』と自信満々だったパーツを装着したS2000でも、助手席で仕事しながら1日数百kmをドライブすると、こんなに疲れるのか!?」と。この経験は、私にとって大きな転機となりました。
――助手席に乗る側の感覚、ですか?
金山:えぇ。私自身運転好きだったので、ドライバーの楽しさを最優先してチューニングしたパーツを製作していました。ところが助手席に乗ると、体に伝わる細かな振動、不快な周波数の排気音など、運転している時には気づかなかったり無意識に妥協している部分があることに気づきました。
そして、「運転する楽しさと助手席の快適性を両立したパーツを開発して、そのパーツを採用してサーキットで速いタイムアタック車両を作りたい」と、強く思いました。
▲ASMの店内にはオリジナルを含め、さまざまなS2000用パーツが並ぶ
日本全国のスーパーオートバックスでASMイベントを開催する時の移動時間に、整備士免許を持っているスタッフが運転するS2000の助手席に乗りながら、感じる不満の原因の仮説を立て、途中でパーツ製造元に立ち寄って仕様変更して、テストを兼ねて……と、移動し続けるような日常でした。
ナンバー付きデモカーのS2000は、助手席の乗り心地を損なわないようチューニングし、ドライバーと同乗者が快適に過ごせるよう仕上げています。それでもエアコン付き・ラジアルタイヤ・GTウィング非装着の完全保安基準適合ながら、筑波サーキットを1分1秒台で走れる性能を確保しています。タイムアタック経験者なら、その速さが分かっていただけるでしょう。
事故に遭ったことで、チューニングの方向性が固まったのですから、文字通りにケガの功名です。結果としてASMのS2000の完成度を、より高くすることができました。
好きなものを素直に好きと口にし、過去の苦労や受けた困難を笑いながら語る金山さん。何事も前向きな姿勢で受け取り、楽しみながら取り組む人柄は、きっとお客さんをはじめ多くの人に好かれ、声援を前に進むための力に替えてきた……。そう思わせる人でした。
S2000の維持に悩むオーナー、そして所有してみたいと思いつつ、その後のメンテナンスに不安を感じて購入に踏み切れない方は、ASM YOKOHAMAに足を運んではいかがでしょうか? きっと金山さんをはじめ、S2000を知り尽くしたスタッフが、最善の道筋を提案してくれます!
<今回取材したお店>
ASM YOKOHAMA
住所:神奈川県横浜市中区新山下2-4-7
2005年にレカロとS2000の専門店としてオープン。常時160脚以上のレカロシートを在庫するほか、S2000のタイムアタック車両製作を通じて様々なオリジナルパーツを製作・販売。そのパーツやノウハウを求めて世界中から注目されている。